2012年4月18日水曜日

古代のメソポタミア:チヤタル・フユク



 『出典』図説世界文化地理大百科:古代のメソポタミア・44頁
     マイケル・ローフ著・松谷敏雄監訳
     朝倉書店

 『チヤタル・フユク
 「チヤタル・フユク

 チャタル・フユク遺跡は

 1961年から1963年にかけて

 ジェームス・メラートが発掘し、

 華々しくかつ思いがけない成果をもたらした。

 彼は前7千年紀の街の一一部を広く掘リおこしたのだが、

 そこでは住居が異例なほどよく保存されていたのである。

 いくつかの住居を彼は祠堂と呼んでいる。

 それらは精巧な壁画と浮彫りで飾られ、

 壁やベンチには動物の頭骨が備えつけられていた。

 たとえば、

 土偶や壁につけられたヒョウ、乳房の模型には地母神、

 「出産の女神」がみてとれるとされ、

 一方、たくさんある雄ウシの頭骨、

 角には男性の神格が表現されているといわれている。

 宗教は当時の社会の原動力であった。

 チヤタル・フユクは、

 この時代に典型的とこれまで思われてさた

 単純な農耕村落とはずいぶん違っている。

 先史時代の遺跡としては、

 この遺跡に匹敵するものはいまだみつかっていない。

 ただ、最近の発掘によって、

 アイン・ガザル、アブ・フレイラ、ボクラスなど

 無土器新石器時代遺跡で、

 チャタル・フユクでみられる発展の祖型がみつかっている。

 「写真」出産中の肥った妊婦の土偶

     ネコのような動物に支えられており、

     「出産の女神」とされている。

     この土偶は

     チヤタル・フユクの最も新しい祠堂の一つから出土した。

     頭部は復元である。

 「図」第VIB層では家が密集し、近接する家屋は璧を共有していた。

    ほぼ半分の家が「祠堂」に分離されている。

    家々の間には廃屋のくずが固まってできた広場があり、

    ゴミ捨て場に使われていた。

    典型的な間取りは、ほぼ方形の居間と、

    そこから低い扉ないし壁にあけた穴でつながっている

    細長い貯蔵庫とでなるものであった。

 「図」第VIB層の集落の一部の復元図.

    建物は平搾で、屋根から出入りした。

    住居は集落の中心にむかって段状に並んでいた。

 「図」第VIA層の祠堂の復元図

    壁は材木を芯として日干しレンガでつくられた。

    北西部の基壇の下には男性が、

    別の壇の下には女性と子供が埋められていた。

 言語復原史学会
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 『参照ブログ』
 古代メソポタミア
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 《参考》
 古代時代の考古学の最新発見・発表・研究成果
 最新の考古学的発掘の方法
 存在価値が問われる我が国の発掘考古学の現状

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